個人事業主が従業員を雇うタイミングとは
個人事業主でも規模が大きくなると一人では仕事の効率が悪くなり、もっと売上を伸ばそうと考えると従業員が必要になります。
しかし人手を増やすにしても家族の場合と第三者を雇用する場合、またアウトソーシングといった業務委託を利用する方法があり、第三者を雇用するにもさまざまな雇用形態があります。
それぞれ税制上のメリット・デメリットがあるので一概に決めることはできません。
今回は個人事業主が従業員を雇うとどんなメリット・デメリットがあるのか、またデメリットを避けるためにどんな方法があるのかを解説しましょう。
家族を従業員にした場合のメリット・デメリット
従業員を雇う前に家族を従業員にするということは誰でも考えることですが、正確には家族は労働者ではありません。
そのため本来労働者なら受けることができる社会保障が一部適用になりません。
家族の従業員は労働基準法の適用外
同居の家族を従業員にしている場合は労働基準法が適用されません。
一緒に生活しているので労働時間の算出も困難で、トラブルがあったとしても家庭内のもめ事と労働者としてのトラブルなのか判断できません。
家族を従業員にした場合は沈金などでもめたとしても、公的機関には頼ることができず家庭内で解決するしかありません。
家族は労災保険・雇用保険も適用外
一般的な保険でも家庭内のトラブルでは保険金が支払われません。
例えば自動車保険の家族が被害者の事故、カード盗難保険では家族が勝手にクレジットカードを使った場合、どちらも保険金の支払対象外です。
同様に労災や雇用保険も家族には適用されません。これには自動車保険よりももっと明確な理由があります。
労災や雇用保険は労働者が保険の対象ですが、雇用主とその従業員は労働者とはみなされないからです。
仮にこれを認めてしまうと家族を使った保険金詐欺が横行してしまうので、家族が被害者であることを認める保険はありません。
国民健康保険と国民年金はOK
同じ社会保険加入でも国民健康保険と国民年金に関しては、労働者であるかどうかは関係なく加入できるので家族従業員でも加入することができます。
ただし個人事業主同様、労働者ではないため厚生年金の対象にはなりません。
常時5人以上の従業員が働いている事業所と、5人未満でもすべての法人事業所は、強制的に厚生年金保険加入することになります。
また条件を満たしていなくても任意で加入できますが、その場合でも個人事業主と従業員家族以外の従業員が対象です。
家族従業員の給与は控除できる
確定申告で白色申告者は家族従業員の給与は配偶者で最高86万円、それ以外の家族は一人50万円までの控除が認められています(専従者控除)。
一方、青色申告書では専従者給与は上限なく控除されます。
これはメリットのように思えますが、第三者の従業員を雇えば給与は全額経費となるので、白色申告ではむしろデメリットになります。
家族従業員よりは一般従業員
家族従業員ではほとんどの保険が適用にならず、将来給付額が大きい厚生年金への加入もできません。
唯一のメリットとも言える専従者控除も従業員を雇ったときと同じか、それ以下の効果しかありません。
家族の将来を考えると家族は厚生年金の対象となる勤務先で働いてもらい、第三者の従業員を雇用したほうが経営的にもメリットがあります。
従業員を雇うことで生じる負担とメリット
家族従業員よりは従業員を外部から雇用するとメリットがあることがわかりましたが、従業員を雇った場合にどのような負担やメリットがあるのか解説しましょう。
社会保険料負担
従業員を雇うことで従業員が加入する社会保険料の負担が発生します。
社会保険の種類と負担割合は次のとおりです。
■労災保険
労災保険は正規雇用者だけではなくパート・アルバイト、嘱託など労働時間にかかわらず事業所て働く労働者すべてに加入義務があります。
- 従業員は1名でも加入する義務があり保険料は全額事業主負担。
- 労働基準監督署に届出・加入手続。
■雇用保険
パート・アルバイトなどは31日以上雇用の見込みがあり、かつ1週間の労働時間が20 時間以上ある場合が雇用保険の加入条件となります。
要件を満たさないパート・アルバイトや日雇いの場合は加入する必要はありません。
- 保険料は事業主と従業員(業種によってそれぞれの雇用保険料率が異なる)。
- ハローワークで手続きをする。
■健康保険・厚生年金
適用業種は5人以上の従業員を雇用していれば厚生年金は強制加入となります。
また、適用外業種の場合でも、従業員数が5人以上、かつ従業員の1/2以上の同意があれば、任意で加入できます。
- 厚生年金保険料・健康保険料はどちらも事業主と従業員の折半
- 年金事務所・社会保険事務所に加入手続き書類を提出
源泉徴収の義務
会社に勤務している給与所得者は源泉徴収によって所得税が給与から差し引かれています。
個人事業主であっても従業員を雇い入れると源泉徴収をして従業員に代わって源泉所得税を収めなくてはいけません。
つまり個人事業主は「源泉徴収義務者」となるので、給与を支払った翌月10日までの納税義務があります。
対象となるのは従業員だけではなく、専従者や外注先も源泉徴収の対象となります。
雇用契約書は必要か?
従業員を雇ったときに雇用契約書(労働契約書)を作成する場合がありますが、これは必須事項ではありません。
しかし雇用者側には労働条件を伝える義務があるので、労働条件通知書は作成して従業員に渡す必要があります。
労働条件通知書に労働契約の期間や就業場所、契約期間、所定労働時間を超える労働の有無など法律で決められた「絶対的明示事項」が記載してあれば、法律的には問題ありません。
しかし、できれば雇用契約書は結んでおいたほうがの後々のトラブルを回避できます。
従業員を雇った場合の助成金・補助金
従業員の雇用は政府の失業対策といった政策とも合致することなので各種の助成金や補助金を受けられます。
■トライアル雇用奨励金
ハローワーク経由で35歳未満のトライアル雇用を実施すると、一人あたりの支給額が最大5万円(最長3ヵ月)
■キャリアアップ助成金
「正社員化コース」「人材育成コース」「処遇改善コース」の3つのコースがあり、それぞれ非正規雇用の労働者の正社員化、人材育成、処遇改善に対して助成金が支払われます。
■小規模事業者持続化補助金
この補助金は本来上限50万円ですが、雇用を増加させる取り組みをしていると上限が100万円までアップします。
助成金や補助金は融資と違い返済する必要がないので、積極的に検討してみましょう。
初めて従業員を雇うタイミング
ご紹介した通り、ひとり従業員を雇うだけで社会保険料の負担や源泉徴収の手間がかかります。
助成金や補助金はありますが必ず受けられるものではないので、それを当てにして従業員を雇ってしまうと審査に落ちた場合マイナスとなります。
従業員を雇うにはタイミングが必要です。
開業当初は様子を見る
開業当初から従業員を雇うにはリスクが伴います。はじめは家族従業員にして社会保険料の負担のある従業員を雇うのは控えましょう。
青色申告であれば専従者給与は全額控除の対象になるので、節税メリットもそれなりにあります。
売上が安定して高い状態になるまで従業員を雇うのは待ったほうがいいでしょう。
事業主の報酬が確保できる範囲内で雇う
従業員を雇うことは社会貢献にもつながりますが、それによって事業主の報酬が減額してしまっては意味がありません。
個人事業は本来事業主の利益のために行なっているものなので、事業主の報酬を削ってまで従業員を雇う必要はありません。
事業主の報酬が安定していても、さらに余裕がなければ従業員を雇うのは控えましょう。
最良なタイミングは?
従業員を雇う負担を考えると売上の安定が一つの条件になります。
従業員を雇ってしまってからは解雇が簡単にできないので、かえって負担が大きくなります。
売上が安定して人手があればもっと売上が伸びるという確信を得たら、とりあえず外注やパート・アルバイトで様子を見てみましょう。
それでも安定して売上が伸びていくのであれば、フルタイムの従業員を考えるタイミングになるでしょう。
それまでに助成金や補助金の申請をしておけばさらに効果的です。
まとめ
従業員を雇う人件費は事業をすすめる上でのランニングコストの中でも大きな割合を占めます。
それだけに先の見通しがわからない状況での雇用はリスクが大きくなるので、従業員を雇うタイミングは遅くてもかまわないのです。
従業員を雇っていればもっと売上を大きくできたと悔やむことはあるかもしれませんが、それはマイナスではなく現状維持をキープしています。
タイミングを間違って従業員を雇ってしまうと明らかにマイナスになります。
しかし優秀な人材を確保できれば家族やひとりだけで事業を継続するよりは、より大きなパワーとなることは間違いありません。
従業員選びとタイミングには時間をかけましょう。